げなげな ふるさと情報

福岡市西区周船寺で営む印刷会社、松古堂印刷です。 「~げな」とは糸島弁で「~らしい…」という意。 地域密着型企業ならではの近辺の情報を「げなげな」話として紹介していきます。

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山と温泉と乾杯の旅【第3話】 [乾杯]

黒髪山・武雄温泉の次は佐賀県小城市にある鯉料理。
全国名水百選の一つ清水川の上流にある清水の滝は、高さ75メートル、幅13メートルの清流が垂直に流れ落ちます。別名「珠簾(たますだ れ)の滝」とも呼ばれ、滝のそばには名水にさらしたコイ料理店が軒を連ねています。夏季には避暑に訪れる人でにぎわい小城の奥座敷として評判をよんでいる。
明治時代ごろから旅館業にあわせて鯉料理が始まったらしい。約130年の歴史がある。天気も絶好調で、2階の座敷の戸を開くと滝の音とせせらぎの音が涼しさを感じさせらせる。なかなか風情たっぷりだ。
鯉のあらいが運ばれると、まず鯉の皮をいただいて(これが絶品)あらいをキャベツのみじん切りと合わせ店独自の酢味噌だれと胡椒をお好みでいただく。ビール2本を飲むと酒のヌル燗を飲んだ実にうまい。たっぷり呑みたかったが控えめにしてご馳走さんをした。3点セットが無事終了。呑まなかったM君が運転を担当、無事帰った。

次回の山登りは祖母山(1756.4m)を予定している。御嶽山が噴火したあとなので常に危険と向き合っていることを肝に命じ決行します。山の仲間として被災された方に心よりお悔み申し上げます。
さて、祖母山は大分と宮崎の境界をなし、一部は熊本県にもかかる祖母・傾(かたむき)国定公園の盟主として颯爽とそびえ立っている。骨太のたくましい山体、濃密な自然林とそそり立つ岩峰、深奥な渓谷と清冽な流れなど、豊かな自然が息づいている。(「山と渓谷社の43大分県の山より」引用)九州ではこの山群だけにいる特別天然記念物のニホンカモシカにも合えるかも知れない興味深い山だ。コースは神原コース・尾平コースなどいくつかあるようだが、我々は北谷コースから登る予定だ。

次回お楽しみ!
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山と温泉と乾杯の旅【第2話】 [温泉]

黒髪山の麓にある西光密寺から20分ほど走ると武雄温泉に到着。
武雄温泉楼門が真正面に立っており、大勢の観光客がガイドさんから説明を受けている。ネット情報によると次のように書かれている。

開湯は約1200年前である。伝説によると神功皇后が凱旋の途、太刀の柄(つか)で岩を一突きしたところ、たちどころに湯が沸き出たと言われており、昔は柄崎温泉と呼ばれていた。また蓬莱山の麓に沸くことから蓬莱温泉とも呼ばれていたともいう。嬉野と同じく、この温泉も筑前国風土記にその名が登場する。豊臣秀吉が朝鮮出兵の際に、負傷兵士の湯治場として利用したといわれる。江戸時代は街道の宿場町としても栄え、幕末には長崎を往来した勤皇獅子志士や文人らが盛んにこの湯を訪れたという。著名な人物を挙げると、佐賀藩城主の鍋島氏、江戸時代初期には伊達正宗、宮本武蔵が、また幕末にはシーボルト、吉田松陰らが入湯したといわれる。

戦後は嬉野温泉と共に歓楽温泉の道を進んだこともあったが、今日ではその傾向は薄い。その落ち着いた佇まいから、お忍びで訪れる芸能人などの著名人も多いといわれている。その伝統の温泉で悠久の歴史を感じて静かに疲れを癒そうと選んだのが武雄温泉。

ところがあまり多くの人が入湯するので、その勢いにつられて、殿様の湯に入りたかったのに違う湯に入ってしまった。湯は同じものだとあきらめて天井が高い、何故か解放感のある温泉にしばしのんびりした。

みなさんも1200年の歴史ある温泉はいかがでしょう。

山と温泉と乾杯の旅【第1話】 青螺山(618m)と黒髪山(516m)

今年の夏は雨が多く8月は11年ぶりの冷夏となった。実は8月3日井原山に登る予定だったが、雷雨のため中止。そこで8月31日(日)表題の山登りとなった。メンバーは、相棒のK君、K君の友人A君、野鳥が好きなM君と私の4人。この企画の最大の魅力は3点セット。つまり山登りと温泉と乾杯(酒)、このためにいろいろな交通手段を考えたがM君の参加によりマイカーで行けることになった。3点セットを3回に分けて紹介します。

yama2.jpg
[山のぼり]雨模様がつづき心配したが晴のマークになったので、決行することにした。朝5時前15分にM君が待ち合わせの場所にやってきた。彼は野鳥を撮影するため800㎜の望遠レンズを手に「どうやら天気は良さそうですね」とニヤツとして話しかけてきた。次にK君を迎えに行くと彼は玄関の前に万全の態勢で待っていた。朝早くともまだ周りは静まりかえっている。小さな声であいさつをした。彼の顔はニコニコ。やっと山に行ける喜びが顔に出ていた。



周船寺を5時に出発、予定通りである。次は基山PAでA君を迎えに行く。30分走ると基山に到着。4人であいさつを交わすとコンビニで朝食と山で食べる昼食や水、お茶などを買い込み、お握りの朝食を済ませた。6時に基山を出発、長崎道に入り武雄西ICから国道35号線を通って竜門峡キャンプ場へ。大きな駐車場は我々以外には1台だけ。ややさびしい状況に山登りの準備に入る。

1.jpg予定より30分早い7時30分より登山開始。まずは青牧峠(あおまきとうげ)へ向う。結構登りが続く、道も分かりにくい。何度も赤いテープや黄色のペンキを探しながらの登山。
スタート地点に青牧峠1,000mの案内を信じて登るが一向に峠にでない。まだかまだかと話していたらあと250mの表示。まだ250mもあると3人はガックリ。気を取り直して進むとようやく到着。標高は407m、時間は9時。1時間で計画していたので、かなり超過。迷ったりしたので仕方がない。少しの休憩をとって青螺山(せいらさん)に向かう。まだ誰も合わない。やっぱり人気が無いのかもしれない。赤テープが大岩の真ん前の木につけてある。「どうゆうこと?」って考えていたらその岩の上からロープが下がっていて、これで登るようになっている。こんな経験は初めて、何度かそんな難局を越えてやっと青螺山(618m)頂上に。休憩していたら体格の良い男性が一人で登ってきた。来週登山に連れて来るので下見にきたとのこと。すばらしい人だ。彼もこれから黒髪山へ行かれるそうだ。「お先にどうぞ!私たちは後からゆっくり行きます。私たちが遅くとも心配無用です。」と言って別れた。結局ここまで二人にしか会わず…やはりトリッキーな山で人気が無いのだと私は思った。

yama3.jpg10時30分に出発、青螺御前(せいらおんまえ)へ下り、そして見返峠はさらに下り、この下りが歩きにくい。木の根がむき出しになっていてその上に足を乗せるとすべる。3人とも何度かすべった。私は前のめりにすべってリュックの横に差していたペットボトルが抜けて谷底へおちていった。A君もすべって大きな音を立ててころんでいた。幸い誰も怪我はなかった。
見返峠は四つ路になっていて我々みたいに青螺山から下りてくる人や乳待房公園(ちまちぼうこうえん)から登ってくる人、竜門ダムから登ってくる人、黒髪山から下りてくる人など4方から登山者が往来するため大勢の人が行き来します。女性のグループから「あなたたちはどこを通って来たか」とたずねられたので、「青螺山から下りてきた」と返事をした。すると「私は青螺山はイヤ!」「あそこは登りたくない!」とのこと。やっぱり不人気のようだ。


yama4.jpg見返峠は青螺山と黒髪山の谷の部分、黒髪山へ再び登山開始11時50分。雄岩・雌岩を通って最後の難関。クサリを握って、足場をかためて登頂。頂上かと思いきや後ろに大きな岩がある。その上に何人か登っている。天童岩だ。再びクサリのロープを使いようやく登頂。そこは絶景の場所。岩の上が頂上なので狭い。
隣の二人の女性の横に座らせていただいた。なにしろ狭いうえに周りは絶壁。足を滑らせたら終わり。この山は時々来られるそうで、天気が良かったので登ってきたそうだ。彼女も青螺山は行かないと言っていた。地上を見渡すと山の緑がそれはそれは綺麗だ。反対方向を見ると、竜門ダムが青く良く見える。昼食のおにぎりを食べながら景色に見とれていた。すると地上の道路に一人手を振る人がいる。何気なく見ているとそれは相棒のM君だった。私たちの3人も手を振って答えた。若いカップルが私たち3人の写真を撮ってくれた。山を堪能した我々は下山開始、午後2時にM君と待ち合わせの場所である西光密寺に着いた。4人は山にお世話になったことを西光密寺に感謝して次の目標、温泉は武雄温泉へ向う。

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