げなげな ふるさと情報

福岡市西区周船寺で営む印刷会社、松古堂印刷です。 「~げな」とは糸島弁で「~らしい…」という意。 地域密着型企業ならではの近辺の情報を「げなげな」話として紹介していきます。

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祖母山神原コース別名沢登コース【第3話】

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祖母山神原コース別名沢登コース【第2話】

9時10分登山届を提出し登山開始。とりあえず1,100m先の5合目小屋を目指す。登りの順番はK君・A君・私・T君の順。結局下山もそうなった。
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10時00分御社(おやしろ)の滝に着いた。立派な滝であることと水量の多さに驚いた。初めての渓谷渡りをする。靴も靴下も脱いでズボンをあげてゆっくりゆっくり歩いて川の中を渡った。K君は靴を履いたままザブザブと渡った。しばらく歩くと5合目小屋に着いた。(10時35分)山小屋はあまり使われた形跡がなくひっそりしていた。
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少し休憩をとると出発。次々と木の階段が続く。原生林の森が空に届くほどおおい茂って空気が澄んでおいしい。神原渓谷の沢の音がやけに大きい。山深く治水能力がやたらでかいのだと自問しながら一歩一歩と登る。5合目小屋まで1時間程度だったが、5合目からはやけに遠い。水平移動が無い。やたら登り続ける。途中下山する人に「国観峠はまだですか?」と尋ねると「まーだ だいぶある。」と冷たい返事。一同がっくり。PM1時20分登山道で昼飯とする。ブナなどの原生林を見ながら仲間が一服していた。うまそうだった。


結局4人の下山者に「国観峠はまだですか?」と繰り返し聞いてようやく「いのちの水」に到着。
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国観峠はあと少し。やっとの思いでPM2時30分国観峠到着。みんなリュックを降ろし座りこんで体を休めた。ここはかなり広いスペースがあり、救助用のヘリポートの役割もあるそうだ。
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お地蔵さんに安全祈願する。ここで8合目なので、9合目山小屋まであと500m。さあ頑張れ!あと少し。元気も出るが疲労も出る。必死の思いで9合目山小屋に到着。
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山小屋の管理人さん加藤さんに会って宿泊費と鍋、卓上コンロを借りてひと呼吸。4時になった。早めの鍋料理にとりかかる。水は8m下ったところにたっぷりある。私はワイン1本、K君はウイスキーとブランデーとつまみとご飯、A君は酒5合、T君は焼酎5合。山小屋には缶ビール10本頼んでいた。ビールで乾杯すると鳥のつみれ鍋を食べだした。その頃山小屋に来ていた青年がビールを分けてくれと言ってきた。一緒に飲もうと誘い5人の晩餐となった。
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これまで何度も飲んで経験済みなのは酔っぱらうまで飲むこと。10時ぐらいまで覚えているような覚えていないような・・・・・。(実はこのつみれ鍋が好評で最後にご飯を入れて雑炊で食べた)満足の一日。

祖母山神原コース別名沢登コース 9合目の鍋料理は絶品だった。

九州で7番目に高い山されど手ごわし!!
「九重連山を全部登ろう!」と、意気込んでいたが、今回は目先を少し変えて表題の登山を楽しむこととなった。メンバーは4名。

私は10月18日(土)午前3時起床、準備にとりかかった。リュックの横にすべて準備していたので、簡単に済んだが、今回は1泊2日の山小屋泊り、9合目の山小屋で鍋料理をするので、冷蔵庫に入れていた野菜や豆腐、鳥のつみれ、だしのもとに調味料などすべて準備をして午前4時00分駐車場で仲間を待った。T君がやってきた。パワフルで判断力があり常に冷静であるT君は、今度の山に欠かせない人である。次にK君を迎えに行く。K君はいつもの相棒である。登山口でコーヒーを飲もうとサイフォンまで持って行く彼は、B型だからか結構何でもこだわる。

3人になったメンバーは、九州自動車道の基山SAへ向う。車内で、K君が「予定していた北谷登山道ではなく神原(こうばる)コースに変更しよう」と言い出した。「どう考えても登り易そうだ」が理由。北谷登山口はいろいろ調べ尽くしていたが、急に神原登山口といっても容易じゃない。反対はしたもののK君の意思は固い。しぶしぶ同意した。


基山SAに着くとA君も待っていた。とうとう私たちは熊本方面に行かず、大分自動車道の玖珠IC経由に変更することになった。未知の登山道を求めて神原へ。小国AM6時30分沿道で朝食にする。丁度夜明けで山の稜線が綺麗。出発から137㎞。この辺りからやっぱり北谷が良かったのではないか?と不安になりだす。尋ねる事4回、なかなか登山口に届かない。「あっ鹿がいる。」天然記念物のニホンカモシカだったかも知れないが発見した。「シカだけにもシカしたら」と思いきやAM8時35分登山口に到着。

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すでに5~6台の車があった。10台は駐車できる。きれいなトイレもあって整備してある。K君は自慢のサイフォンでコーヒーの準備を始める。森の中のコーヒーは実にうまい。もう少し飲みたかったが、あきらめることにする。いよいよ登山開始!

山と温泉と乾杯の旅【第3話】 [乾杯]

黒髪山・武雄温泉の次は佐賀県小城市にある鯉料理。
全国名水百選の一つ清水川の上流にある清水の滝は、高さ75メートル、幅13メートルの清流が垂直に流れ落ちます。別名「珠簾(たますだ れ)の滝」とも呼ばれ、滝のそばには名水にさらしたコイ料理店が軒を連ねています。夏季には避暑に訪れる人でにぎわい小城の奥座敷として評判をよんでいる。
明治時代ごろから旅館業にあわせて鯉料理が始まったらしい。約130年の歴史がある。天気も絶好調で、2階の座敷の戸を開くと滝の音とせせらぎの音が涼しさを感じさせらせる。なかなか風情たっぷりだ。
鯉のあらいが運ばれると、まず鯉の皮をいただいて(これが絶品)あらいをキャベツのみじん切りと合わせ店独自の酢味噌だれと胡椒をお好みでいただく。ビール2本を飲むと酒のヌル燗を飲んだ実にうまい。たっぷり呑みたかったが控えめにしてご馳走さんをした。3点セットが無事終了。呑まなかったM君が運転を担当、無事帰った。

次回の山登りは祖母山(1756.4m)を予定している。御嶽山が噴火したあとなので常に危険と向き合っていることを肝に命じ決行します。山の仲間として被災された方に心よりお悔み申し上げます。
さて、祖母山は大分と宮崎の境界をなし、一部は熊本県にもかかる祖母・傾(かたむき)国定公園の盟主として颯爽とそびえ立っている。骨太のたくましい山体、濃密な自然林とそそり立つ岩峰、深奥な渓谷と清冽な流れなど、豊かな自然が息づいている。(「山と渓谷社の43大分県の山より」引用)九州ではこの山群だけにいる特別天然記念物のニホンカモシカにも合えるかも知れない興味深い山だ。コースは神原コース・尾平コースなどいくつかあるようだが、我々は北谷コースから登る予定だ。

次回お楽しみ!

山と温泉と乾杯の旅【第2話】 [温泉]

黒髪山の麓にある西光密寺から20分ほど走ると武雄温泉に到着。
武雄温泉楼門が真正面に立っており、大勢の観光客がガイドさんから説明を受けている。ネット情報によると次のように書かれている。

開湯は約1200年前である。伝説によると神功皇后が凱旋の途、太刀の柄(つか)で岩を一突きしたところ、たちどころに湯が沸き出たと言われており、昔は柄崎温泉と呼ばれていた。また蓬莱山の麓に沸くことから蓬莱温泉とも呼ばれていたともいう。嬉野と同じく、この温泉も筑前国風土記にその名が登場する。豊臣秀吉が朝鮮出兵の際に、負傷兵士の湯治場として利用したといわれる。江戸時代は街道の宿場町としても栄え、幕末には長崎を往来した勤皇獅子志士や文人らが盛んにこの湯を訪れたという。著名な人物を挙げると、佐賀藩城主の鍋島氏、江戸時代初期には伊達正宗、宮本武蔵が、また幕末にはシーボルト、吉田松陰らが入湯したといわれる。

戦後は嬉野温泉と共に歓楽温泉の道を進んだこともあったが、今日ではその傾向は薄い。その落ち着いた佇まいから、お忍びで訪れる芸能人などの著名人も多いといわれている。その伝統の温泉で悠久の歴史を感じて静かに疲れを癒そうと選んだのが武雄温泉。

ところがあまり多くの人が入湯するので、その勢いにつられて、殿様の湯に入りたかったのに違う湯に入ってしまった。湯は同じものだとあきらめて天井が高い、何故か解放感のある温泉にしばしのんびりした。

みなさんも1200年の歴史ある温泉はいかがでしょう。

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